| 国指定名勝一覧(国指定文化財) |
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書院から眺める日本庭園は独特の美しさがあり、大石武学流、庭園美の源流とされる。 毛越寺は、藤原氏二代基衡(もとひら)が造営した寺。往時は全山の堂塔40、僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模と、華麗さであった。 現存する日本最古の学問所です。 玉川寺は、鎌倉時代の中頃、建長3年(1251)、道元禅師の高弟・了然法明禅師の開山と伝えられています。 松平定信が貧困者の救済事業として造園した、日本で初めての公園。 会津松平氏庭園は、会津藩主蘆名氏10代によって建てられた歴代藩主の別 荘の庭園のことで、この地には昔、霊泉が湧き出ていたといわれています。 偕楽園と呼ばれるこの公園は,徳川斉昭が改革に精励する士民と偕に楽しむ保養の場として,天保12年(1841)に工事を始め,翌年完成して開園し,一般 の民衆も一定の日に入園を許された。 江戸時代初期「黄門さま」の父親である徳川頼房が造らせた回遊式庭園。黄門さまも庭造りを引き継ぎました。中国や日本の各地の有名な風景を取り入れています。 和風趣味を貴調とし技巧に走らない明朗、かつ繊細な造りで元禄時代のおおらかさを感じとることができる。 浜離宮恩賜庭園は江戸時代前期において松平綱重の邸地として埋め立てにより築造された土地。 梅を中心に四季それぞれの花を見ることができます。 鎌倉市にあり、横須賀線北鎌倉駅の真ん前にある、臨済宗の寺院です。 江戸時代中期の京都風の名園で、国指定文化財。 成巽閣内の清香軒・清香書院に面している庭園で、「飛鶴庭」と称され、露地的な風趣が窺われる平庭。 室町末期の細川高国の作庭、鮮苔に囲まれ、曲水庭園の様式が取り入れられている。 築山,泉水,組石,植栽など計算された自然の美しさが堪能できる桃山風の秀逸な庭園です。 全国でも唯一の発掘された戦国城下町であり、学術的 にも貴重な遺跡です。 福井藩主松平家の別邸として用いられた回遊式林泉庭園です。 臨済宗妙心寺派の禅寺で、鎌倉期に夢窓国師を招いて開基した 甲州随一の名刹。 古くは武田、羽柴家等の武将の保護を受け、今もなお樹齢数百年の杉の巨木に囲まれた境内には十余棟の堂塔を備え、長野県屈指の大寺であり、南信州随一の祈願霊場として広い信仰を集めております。 天平5年(733)行基の開山した古刹で、小堀遠州作の名園があることで有名。 石を敷きつめたり、板でせき止めたりしてきれいな湧水が3か所から流れていきます。 鎌倉時代初期に曹洞宗開祖道元が、この地の景観が宇治の興聖寺に酷似していることから、領主朽木氏に寺の建立を勧めたとされる。 京都の南、宇治に在る。平安時代後期(1052)、宇治関白藤原頼通によって建立された。 方丈南側の枯山水庭園(特別名勝)が石庭として名高い。 金閣は舎利殿として建てられたもので、鏡湖池に臨む三層の楼閣は二層・三層に金箔をはった室町期楼閣建築の 代表的なもの。 境内は、下醍醐、上醍醐に分かれ、100余りの堂塔僧房が散在する。 風や楓の古木が茂り、森閑とした境内そのものが国の史跡に指定されている。 妙心寺の塔頭の一つで、応永11年(1404)波多野出雲守重通が建立した。 二条城は、1603年(慶長8)徳川初代将軍家康が京都御所の守護と将軍上洛のときの宿泊所として造営し、3代将軍家光により伏見城の遺構を移すなどして1626年(寛永3)完成したものです。 高台寺山を借景とした遠近を強調した庭園となっている。 造られた時期は古代にさかのぼるという説もあり、この説をとると日本最古の庭園であるということになる。 方丈(ほうじょう)の南庭として作られた枯山水(かれさんすい)庭園です。 ここの庭園は、大型の花崗岩を数多く配置して豪華な庭景を造りだしている。 寛文3年(1663)片桐石見守貞昌(石州)が、父貞隆(慈光院殿雪庭宗立居士)の菩提寺として自分の領地内に、大徳寺185世玉舟和尚(大徹明應禅師)を開山に迎え建立した臨済宗大徳寺派の寺院。 創建以来1200年の古刹。運慶が20代前半に制作したという大日如来像は、朱塗りの多宝塔の中に安置されている。 修行の霊山の雄大さを残す大伝法院。 広島藩主浅野家の別邸跡で、「泉邸」の名で親しまれています。 室町の手法を残す石組みの地をもとに、江戸時代は讃岐高松藩の歴代藩主により100年余りをかけて完成、下屋敷として使用されていました。 中野にあり万年山金光院といい、阿弥陀如来を本尊としています。本堂裏手にある庭園は、国の文化財(名勝)に指定されており、室町時代特有の手法をみることができ、庭園文化史上価値が高い。 寛政年間、立花藩の勘定方であった田中舎人が築造したもので、茶室として使用されてきました。 雪舟作の庭園で国指定名勝。天然の山を利用して岩清水を引いた池、その周囲には老松、つつじを配し、雄大かつ華麗な造形美を楽しめる。 美しい紅葉で知られる国の名勝・九年庵(くねんあん)は、元々は佐賀の大実業家、伊丹弥太郎(いたみやたろう)の別邸でした。明治25年から、阿(ほとり)和尚が9年の歳月をかけて築いたことからこの名前がつきました。 |
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